Essay
再び風呂と本
#96|文・藤田雅史
またやってしまった。
しばらくやらかしていなかったのに、久しぶりにやってしまった。本を風呂に落としたのである。しかも三冊。
我が家の風呂は、六枚の檜の板をふたとして使っている。そのうち二枚をテーブルがわりにして板の上にタオルを敷き、そこに本を載せて風呂読書を楽しむ。それが僕の毎日の入浴スタイルだ。
本だけじゃない。スマホ、ペットボトルのお茶、ヨーグルト、ちょっとしたお菓子、無印良品の凍らせて食べるフルーツのゼリー。風呂で飲食など、行儀が悪いのはわかっている。わかっているけど、どうせ誰も見ていない。入浴時間くらい自由に、自分のスタイルでやらせてくれ。
で、服を脱ぐ前の準備として、風呂場に持ち込んだそれらをひとまず浴槽のふたの上に置いておく。その日も、カバーを外した三冊の本とペットボトルのお茶、お菓子類を置き、本の上にスマホをのせた。
その時点で、浴槽の縁から板が少し奥側にずれていることに気づくべきだった。その晩は部活帰りの息子がすでに先に風呂を使っていて、全体的に風呂場が濡れて滑りやすくなっていることも、もっと正しく把握しておくべきだった。
後悔しても遅い。全裸になって、さーて風呂に入りましょ、ははん、ふふん、と片足を湯に入れ、あ、追い焚きしなきゃ、とふたの端に片方の手をつき、もう片方の腕を伸ばして追い焚きボタンを押そうとした、そのときだった。ぬるっ、とふたが動いた。あ、と声を発した瞬間、板の端が浴槽の縁から落ちる。
わっ、ちょっ。
転倒を防ぐため、反射的に板から手を離し、腰にぐっと力を入れてバランスをとった。まず身の安全の確保が最優先だ。でも身の安全を確保しているその刹那、板は湯の中へと角度をつけて沈み込む。さらにその斜度に合わせて、物理的な法則にしたがい、板の上の三冊の本とスマホもまた、運命をともに、滑落。目の前で湯の中へと沈んでいった。
ああああああっ。
なんてことだ。
こういうとき、人間は本能的に大事だと思うものにとっさに手を伸ばすらしい。まずスマホだ。Appleが謳う防水性能が真実であることを神に祈りながら引き上げ、すぐにタオルでくるみ、表面の水分を吸いとらせた。ボタンをオンにすると、画面が通常通りに表示される。ほ。あー、よかった。危ねえ危ねえ。
しかし、である。事件の発生から十数秒経過している。本はもうすでに浴槽の底に沈み、微動だにしない。なんてことだ。哀しいのは、その日に風呂で読もうと持ち込んだ本は、三冊が三冊とも気に入りの本ばかりだったことだ。しかも滑落したのはよりによって本とスマホをのせた板だけで、どうでもいいペットボトルやお菓子をのせた板は無事なのである。「え、なんかあったんですか?」とでも言いたげな表情で崖上にたたずむ爽健美茶500mlがなんとも憎らしい。ああ、本当になんてことだ。
というかそれどころじゃない。急いで三冊の本を湯の底から救出しなければ。ただ、どの本から先に救うか、ここでまた一瞬、迷ってしまう。文庫はもういい。あきらめた。ブックオフで220円で買ったやつだからいいや。でも、くどうれいんとマテウシュ・ウルバノヴィチはどちらも大事な本だ。え、と、どっちだ。どっちを先に救うべきだ。え、どうしよ。うーん。迷う時間が被害をさらに大きくするのはわかっているが、迷ってしまう。
ええい、くどうれいんだ!
そして救い出したくどうれいんは、びしょびしょに濡れそぼって、文字通りレイニーな感じにすべてのページの天地小口が波打っていた。ウルバノヴィチも同様であった。最後まで湯に浸かって水分しみしみになった文庫にいたっては、もう被害の程度を確認する気にもならなかった。
風呂場から悲鳴が聞こえて心配した家族が声をかけてくれる。
「どうしたの?」
「本とスマホ、落とした」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。あ、スマホは大丈夫」
「ならよかったね」
「よくない。全然よくない」
すると息子が提案してくれた。「例の冷凍庫で凍らせる方法、やってみれば?」 と。
そう、拙著ですでに紹介したように、水没した本を元通りにする方法というものが世の中にはある(らしい)。ジップロックに入れて冷凍庫で一度凍らせ、重いものをのせて自然乾燥させると、あら不思議、まるで何事もなかったかのように濡らす前の状態に戻るというのである。それを試す絶好の機会ではないか。(そして、それはそのままエッセイの原稿のネタになる、という打算も働いた。)よし、やってみるか。
ただ、結論からいうと、それをしなかった。できなかった。本を冷凍庫に入れる、ということに、なんだか抵抗を感じてしまったのだ。なんかこう、冷凍庫に入れるって、死んだ肉とか魚とか、もっというと人間の遺体を扱うみたいじゃない? と思ってしまった。
結局、床に敷いたタオルの上で自然乾燥させ、乾くのを待ってから、数日後、くどうれいんとウルバノヴィチはまた続きを読みはじめた。
そして一週間が過ぎた。ウルバノヴィチを先に読み終え、もうすぐくどうれいんも読み終わる。くどうれいんの方は、はじめはページをめくるたびに、ばきばき、べこべこ、と音がして哀しみと憐れみが増すばかりだったけれど、毎日少しずつ読んでいくうち、だんだんと、しわしわがしわしわではなくなっていった。ばきばきの音もしなくなった。ぱっと見、元通りになっていった。おお、自然治癒!
さて、今回の水没事件でいくつかの教訓と知見を得た。まずひとつ、濡れた風呂場は滑りやすいので十分注意を払わなければいけないということ。当たり前か。もうひとつは、本は紙の種類によって、水没後に自然乾燥したときの状態が違うということ。ウルバノヴィチはまだばきばきだ。そして最後にもうひとつ、好きな本というのは僕にとって、ただのものではなく、いきものだった、ということだ。
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BOOK INFORMATION
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藤田雅史『ちょっと本屋に行ってくる。2 ブック・タワーズ・メガシティ』
issuance刊/定価1,870円(税込)
