自由と本
#99|文・藤田雅史
夏休み。この原稿は夏季休暇の滞在先で書いている。
「今年の夏休みは、おもいきり休もう」そう思って、わざわざ無印良品で丈夫そうなトートバッグを買って、それに本をたくさん詰めてきた。持ち込んだ本は合計すると十冊近くになる。「そんなに読むの? 読みきれないよね?」という心配はご無用だ。人に言われなくてもとっくに自問自答している。読みきれないのである。
経験上、一冊二冊、これと決めて持ち込んでも、旅先では気が変わることが多い。出発前は「夏だし、ミステリー巨編でしょ、やっぱ」と考えて分厚い文庫本を用意したのに、旅先の夜が思ったよりも心細くて、「いや、人が殺される話はちょっと……」となる。「もっと軽いのがいいな」「恋愛小説とか読みたいな」つまり、読みきれないとわかっていながら大量の本を持参するのは、全部読むためではなく、読みたいときに読みたい本を選んで読めるように、というわけだ。トートバッグの中には「これどうせ読まないだろうな」という本も含まれる。一度も手に取らないだろう本もある。いいんだ、重たくたって。どうせ車だから。
思えば、「買った本は読まなきゃいけない」という束縛の中でこれまで生きてきた。
せっかく買ったんだから読まなきゃ損だ。もったいない。だって自分が買った本、自分が選んだ本なのだ。絶対、読まなきゃでしょ。そうやって自分で自分を束縛していることに、最近、ようやく気づいた。それは、もったいないとか、お金の無駄とか、そういう問題の話ではない。すぐに気が変わってしまう自分、うっかり背伸びして読めない本を買っちゃう自分、途中で投げ出して、それを恥と思う自分、そういうものを認めたくなくて、「読まなきゃ」となる、無意味に抑圧された自分が問題なのである。
あらためて振り返って、それが束縛以外のなんであろう、と思った。なんて不自由なんだ。たかが読書。もっと気軽に楽しめばいいじゃん。
というわけで、実際に読む本が一冊二冊でも、十冊近くを平気でバッグにぶち込み、さらに旅先の本屋でうっかり二、三冊買い足しても、もう愚かだとは思わない(実際、買い足した 笑)。「これ全部読まなきゃ」なんて思わない。読んでもいいし、読まなくてもいい。読みたくなったら読めばいい。今回の夏休みは、読書の「自由」が真に解放されたような気分だ。
と、こんなことを書くのはまた、読むことの自由を考える前に、書くことの自由について、最近思うところがあったからである。
去年の秋から冬にかけて、ちょっと鬱屈した生活が続いた。体調を崩し、仕事のリズムも乱れ、文章を書く手が止まってしまった。仕事で書く分には、締切に遅れることはない。でも、なんとかぎりぎり書けている、という感じで、書きたいものを書いているというより、書かなきゃいけないから書いている、という感じだった。
春になってようやくそのストレスから解放されて、そしたら急に、文章を書くよりも絵を描いてみたくなり、iPadでちょっとしたドローイングのようなことを始めてみた。人を描いてみる。それまで不得意だった女の人の顔なんかも試行錯誤しながら描いてみる。そんなところから創作のリハビリがスタートした。
するとしばらくドローイングを続けるうちに、これを何かの作品にできないかな、と考えるようになった。絵にあわせて、そこに短い小説のようなものを添えてみてはどうだろう。さっそく取りかかってみると、これが思ったよりも楽しい。絵を描いて、ちょっとした物語を考える。それを繰り返す日々。いつのまにか、それまでの鬱屈が嘘のように、「書かなきゃいけないから書いている」のではなく「書きたいから書いている」自分がいた。書きたいものがどんどん思いつく。小説だけじゃなく、今度は日常エッセイ的な散文も書きたくなった。誰に頼まれたわけでもない原稿作りに、気がつけば没頭していた。
これ、ZINEにしちゃったらいいんじゃない?
春のある日、ふと思いついた。いいかも、ZINE。よし、夏までに一気にかたちにしよう。思い立ったが吉日、構想を練り直し、テーマとスケジュールを決め、ZINEづくりがスタートした。
それから約二ヶ月、仕事の原稿と並行して、好きなものを好きなように書く、書きたいものを書きたいように書く、という時間が続いた。その作業の中で、あらためて気づいたのだ。やっぱり、書きたいときに書きたいものを書きたいように書くのがいちばん楽しい、という当たり前のことに。そして、これまで自分が、いかに「こう書かなくちゃいけない」というものに束縛されてきたのか、ということに。
せっかく書くなら、書くことをもっと自由に楽しまなくちゃ。うん、ほんとそう。
で、ZINEのデータを入稿したのが、つい一週間前の七月末。結局、ドローイングと小説を合わせたものをふたつ、エッセイをひとつ、あわせて三つのZINEを新しく作った。最後は、自分で決めた締切に自分で追い込まれて慌てふためく始末だったけれど、でもその自作自演感もまた、書きたいものを書く、という楽しみの自然な、そして純粋な帰結なのだと思う。
というわけで冒頭に戻って、夏休み。この夏休みは、その諸々の作業をようやく終えての夏休みなのである。
今日までに吉田修一と吉村昭を一冊ずつ読み終えた。松本清張と鈴木涼美は途中まで。明日帰ったら、いよいよ出来上がったZINEが荷物のダンボールとなって事務所に積まれているはずだ。あとはこれから、欲しいと思ってくれる人のもとへそれを届ける準備をするだけである。
書くことの自由、読むことの自由を思い直した、夏。まだ終わってないけど、いい夏だったと思う。この夏休みに読まなかった本も、いつかきっと読みたいときが来て読むのではないか。
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BOOK INFORMATION
「本とともにある、なにげない日常」を、ちょっとしたユーモアで切り取る、本にまつわる脱力エッセイ『ちょっと本屋に行ってくる』シリーズの最新刊!『ちょっと本屋に行ってくる。2 ブック・タワーズ・メガシティ』6月13日発売。>>詳しくはこちら
藤田雅史『ちょっと本屋に行ってくる。2 ブック・タワーズ・メガシティ』
issuance刊/定価1,870円(税込)
