Essay
セルフレジと本
#31|文・藤田雅史
よく行く本屋に「セルフレジ」が導入されてから、ずいぶん経つ。知らない人との対話が苦手な自分にとって、この仕組みは緊張を強いられずに素早く本を買えるのでとてもありがたい。
「ポイントカードはよろしいですか?」「ポイントはお使いになりますか?」「カバーはおつけしますか?」「レジ袋はご利用になりますか?」「駐車券のご利用はありますか?」「カードのお支払回数は?」
それらの質問に対して、
「お願いします。あ、カード払いで」 「いえ」 「結構です」 「いらないです」 「ないです」 「えと、一回で」
といちいち返答する、あの煩わしいやりとりから解放されるだけで、ずいぶんと気が楽なのである。
さすがに何十回もレジカウンターで接していれば、店員さんだって客の顔を覚えるだろう。「こいつはカードの一回払いでポイントは貯め込むタイプ」と最初からもう分かっているのだから、マニュアルに沿った質問をしながら「あー、このやりとり無駄だなー」と感じているはずだ。それでも毎回台詞を繰り返さなければいけない店員。そして答えなければいけない僕。その対話には腐臭が漂う。
だから、セルフレジの機械が有人レジの隣に設置されたときはとても嬉しかった。ハンドスキャナー、もしくは機械の読み取り部分に本のバーコードをかざして、ピッとやるだけ。ピッとやってサッとカードを通してスッと帰る。余計なコミュニケーションはいらない。
でも、これが案外、やってみると神経を使う。雑誌はバーコードがひとつなのでピッと読み取ってスムーズに終わるのだけれど、一般的な書籍の場合はバーコードが上下にふたつ並んでいる。これをふたつとも、ピッ、ピッ、と順番に読み取らないといけない。リズム感が悪いのか、しばしばこうなる。
「ピッ、ピピーッ。読み込めません」
もう一回やってみる。
「ピッ、ピッ、ピピーッ。読み込めません」
この時点でかなり恥ずかしい。背後に並んでいる別のお客さんから、「こいつ、バーコードもまともに読み込めないでやんの、くくくっ」と笑われている気がする。しかも丁寧にやり直そうとすると腰が引けて、バーコードリーダー様に書籍を献上させていただく、みたいな姿勢になって、情けないことこの上ない。できれば、ユニクロのセルフレジみたいに、商品を台の上にぽんとのせると勝手に商品を全部読み込んでくれる、そういう機械にしてほしい。(余談だけれどあのユニクロのセルフレジは優秀だ。いつも感心する。)
セルフレジの導入から少し経って、今度は例の法改正で、レジ袋が有料化された。
袋に入れてもらえないので、袋を持参しなければいけないのだけれど、本屋にエコバッグを持ち込むのはなんか変な感じがする。何も入っていない空の袋を手に店内に立ち入り、監視カメラが行き届かない奥の方の棚の物陰で本を物色したり立ち読みしたりしていると、次第にそわそわしてくる。周囲の視線が気になってぎこちない足取りになり、自分が挙動不審に感じられる。まわりの客や店員は思うだろう。あいつ、万引きの疑いがある。
最初から買うものが決まって入店するならまだいいが、僕にとって本屋というのは、(なんかいい本ないかなー)と物色をしに行くところであり、何も買わずに店を出ることもある。空の袋を提げて店に入り、空の袋を提げて店を出るのはなんだか間抜けじゃないか。だから、本屋にエコバッグは持ち込みたくない。本はサッと買って、そのままサッと小脇に抱えて店を出る。それが粋な気がする。
でも、実際にそれをやってみて分かったのは、買う前の本と買った後の本に、ビジュアル的な違いがまったくないのは問題だ、ということだ。そこには万引の疑いがある。
本を買った後で、買い忘れに気づいたときは深刻だ。もう売り場に戻れない。戻って別の本を手に取ったら、今度は買った本と買っていない本の区別がつかない状態で両方を一緒に持ち歩くことになってしまう。そわそわするなんてもんじゃない。ざわざわする。今にも背後から店員に肩を叩かれるのではないかと気になって仕方ない。やはり万引の疑いがある。
セルフレジで買い足すときも同様だ。買った本を小脇に抱えたまま、買っていない本のバーコードだけをスキャンして両方持ち帰ったら、見ていた人は「あ!あの人、一冊だけしか買わずに店の商品を何冊も持ち帰った!」と思うに決まっている。逃げるようにそそくさと店を出たくなる。これはどう考えても万引の疑いがある。
買った本にはレシートを挟んでおけばいいじゃないか、と人は言うだろう。そんなに心配なら有人レジに並んで、これまで通りに普通に買えばいいじゃないか、とも言うだろう。たった3円なんだからレジ袋くらいケチらず買えよ、とも。
確かにそうだ。でもなぜだろう。それをすると、テクノロジーに振り回された挙げ句に敗北を認めるような暗澹とした気持ちになるのは。
セルフレジとレジ袋有料化で、本屋が少し恐い。ただ普通に買い物をしたいだけなのに、万引の疑いがある。このフレーズ、もう5回目だ。
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