Essay
紛失と本
#49|文・藤田雅史
本を買いに行くのが楽しい。前回は、久しぶりに本屋に行ってどっさり本を買った話を書いた。あれからひと月が経ち、今も足繁く本屋に通ってはその度にどっさり本を買っている。まさに、買い漁る、という感じで、読むのが追いつかない。自分の本の原稿を仕上げるときは、できるだけ他の本を読まないようにしているので、それがようやく発売となり、しばらく本屋に行けなかった反動が一気にきているのだ。
本が好きで買物も好きなので、本を買いに行くのは快楽だ。どんな本であれ無条件で楽しい。買ったけど読まないかもしれない、そういう本であっても、「本を買う」その行為だけで気持ちが高揚する。ただ、なかにはごく稀に、忸怩たる思いで本を買う、ということもある。
先日、新しい仕事の打ち合わせ中に、(この仕事には、あの本がとても参考になるな……)とふと思った。それは今年のはじめに買って、一ヶ月前くらいに読み終えたシナリオの本で、テーマも、構成も、雰囲気も、これから取り組もうとしている新しい仕事の原案を考えるのにとても役立ちそうだった。買ってよかった、読んでよかった、と思った。そこで打ち合わせが終わってから、事務所の本棚にそれを探した。
ところが、その本がなかった。(あれ?おかしいな。さては家で読んでそのまま枕元の棚にでも置きっ放しにしちゃったかな)と思い、その日家に帰ってから思い当たる場所を探した。でもなかった。(あれれ? やっぱり事務所に持って行ったよな。本棚の別のところに置いたかもしれない)そう思って翌日、また事務所の本棚を探した。でもなかった。
普段、あまり物をなくす方ではない。なくしたとしても、すぐに見つける自信がある。自分が最後にそれを見たとき、使ったときの記憶をたぐり、行動をさかのぼれば、だいたいのなくしものはちゃんと見つかる。家から事務所にその本を運んだ記憶はなんとなくおぼろげにある。もしかしたらその途中でなくしたかもしれない。そこで車の中を徹底的に探した。後部座席もトランクも、座席の下もダッシュボードのポケットまで探した。でもやっぱりなかった。
あるはずの本がないのは、実に気持ち悪い。可能性を感じられる場所をしらみつぶしに探した。家の押し入れも、台所も、旅行用のリュックの中も、トイレも探した。物理的にあり得ないと思いつつ、スニーカーの中まで覗いた。でもやっぱりなかった。(うーん、なんでだ……。)
そういえば最近、珍しく、物をなくすということが重なっている。このあいだはカメラを使おうとして、予備バッテリーがなくなっていることに気づいた。よく使うメジャーもなくなったし、蛍光ペンも一本なくなった。スタバの冷房対策で羽織る薄手のカーディガンもどこかにいってしまった。(おやおや、ちょっと頭がどうかしちゃったか。でも普段使うものをこんなにいっぺんになくすことなんて、これまでなかったのに……)そこまで考えて、ピンときた。もしかしたら、それらを持ち運んでいたトートバッグを、バッグごとなくしてしまったのかもしれない。(普段使うバッグがなくなればさすがに気づくだろう、と指摘される前に言っておくと、僕は同じトートバッグを十数枚持っている。一枚なくなったくらいではすぐに気づかないのだ。)そしてそのバッグに、おそらく探している本も一緒に入っているに違いない。うん、この推理は正しい気がする。でも推理が正しくても、バッグが見つからなければ意味がない。そのバッグはいまだに出てこない。
物忘れに効く本、というのはないだろうか。世の中にこれだけハウツー本がたくさんあるのだから、「なくしものが見つかる本」みたいな本もありそうなものだけれど、見たことがない。そういえば角田光代の短篇集に『さがしもの』がある。バーバパパのシリーズに、『バーバパパのさがしもの』もあった気がする。『うさこちゃんのさがしもの』もあったし、講談社の絵本に、『どこ?』というシリーズが確かある。でも、どの本も問題の解決にはちっとも役立たない。健康本を買えば健康になれるとは限らない以上に、さがしものの本を買ってもさがしものは見つからないのだ。
で、忸怩たる本の購入というのは、このなくしてしまった本を再び買うことだ。必要なのに手元にないのだから、もう一度買い直すしかない。こういうものはできるだけ安く買いたいので中古書店を三店舗見て回ったものの、残念ながら見当たらず、結局、普通の本屋さんで定価で買うことにした。これはけっこうつらい。今まで、本を買うことをお金の無駄遣いだと思ったことはないけれど、これは完全な無駄遣いだ。悔しい。でも仕方ない。
レジにその本を持っていく。その一冊だけだとあまりにも残念な買物なので、他の欲しい本もいくつかみつくろって、レジに持っていった。(あーあ、お金もったいないことしたな)と思いながら、財布を出そうとズボンの尻ポケットに手をやる……。……。えっ? ……財布がない。本をなくしたどころの騒ぎではなかったのは、言うまでもない。
ちょっともう、勘弁して。
(付記:財布はその日、本屋に行く前に買物をしたショッピングビルの駐車場で無事に見つかりました。財布をなくすと、本を一冊なくしたことなんてどうでもよくなります。)
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