Essay
連休と本
#56|文・藤田雅史
旅行の前に本屋に本を買いに行くことはすでに書いた(拙著『ちょっと本屋に行ってくる。』P125「旅の重さ」の項を参照)。旅先の情報を仕入れるため、という旅行ならではの目的ももちろんあるが、それよりも、どちらかといえば旅先や旅の途中での退屈しのぎのためである。旅とは「非日常の数日間」だ。でも、数日間ずっと新しいものを見たり、新しい場所を歩いたりしているわけではない。遊びの途中には必ず小休止の時間があり、退屈もついてまわる。時差ボケで夜うまく眠れないことも、逆に朝早く目覚めすぎてしまうこともある。本はそんな隙間の時間にちょうどいい。
で、「非日常の数日間」ということでいえば、年末年始などの大型連休もまた旅のようなものである。実際に故郷への帰省がイコール旅行である人もいるだろうし、僕のように遠くに帰省する必要がなくても、やれ大掃除だ、初詣だ、親戚の集まりだ飲み会だと、予定されたイベントを渡り歩くことに、旅行と似たような「非日常の数日間」を感じる人もいる。そしてそこには、旅をするときと同じような(むしろそれ以上の、例えばこたつでみかん的な)退屈な隙間の時間が存在する。
本を読む時間があるのだから、さて、本を買おう。
年末、クリスマスが終わり、仕事を片づけ、それからおもむろに足を運ぶ本屋には、えもいわれぬ解放感がある。「今年も一年、無事に終わったぞー!」という気持ちに、「本を読む時間がたっぷりあるぞー」「年末年始だからどっさり買っちゃえ」という気持ちがうまいことブレンドされて、なんだか嬉しくてしょうがない。ちなみにこの大型連休前の本屋というシチュエーションは、GW前や夏休み前にもあるから年末だけが特別というわけではないのだが、年末はなぜか特に楽しい。年末年始に銀行のATMがストップする分、余裕をもって引き出しておいた現金が財布の中にあるのも影響しているかもしれない。まあとにかく楽しい。
この年末は、家族揃って、地域でいちばん大きな本屋に出かけた。開店時間にあわせて駐車場に車を駐め、店に入るなり、「さ、みんなお好きなところへ」とそれぞれの肉体と精神を解放する。大草原に放牧に出される駿馬のような気分、あるいはその手綱を放す牧場主のような気分である。あらかじめ、家族4人分大量に本を買い込むつもりで来ているので、その日は駐車料金を気にすることもない(その本屋は3,000円以上の購入で1時間分、6,000円以上で2時間分の駐車券がサービスされる)。
1時間半後、息子は4冊、娘は2冊、妻は1冊、そして僕は5冊、思い思いに欲しい本を抱えてレジの近くに集合した。本12冊はさすがに重く、さすがに合計金額も高かったが、その支払いに痛みを感じずに済むのも、年末ならではの「無事に一年が終わった」安心感のおかげである。普段であれば、「こんだけ買うなら、何回かに分けて買えばその都度駐車券を余分にもらえるのに……」「ああっ、ポイントカードを忘れてしまった、こんだけ買えばかなりポイントがつくのに……」「クレジット払いの方がお得かな……」などと小賢しいことを考えてしまうところだが、年末年始、ケチくさいことを言っていては新しい年にケチがつくような気がして、そのままレジにどんと置き、男らしく、どんと財布の中の現金で購う。本を大量に買うのは、本当にいい気分だ。
さて、ところが。旅行と一緒で、大量に本を買っても大量に本を読むとは限らないのが年末年始、大型連休だ。大掃除に疲れてしまったり、お酒を大量に飲んでしまったり、二日酔いで頭がふらふらしたりして、結局、本を読むのが面倒くさくなってしまった。昼間、本を手に取りページをめくっても、箱根駅伝や高校サッカーの方が気になってしまい、夜は夜で、寝る前に深作欣二の『仁義なき戦い』シリーズをサブクスで見直していたら、そのまま平成の『新・仁義なき戦い』2本まで一気に見てしまった。5冊用意した本のうち、正月が終わるまでにちゃんとまるごと読めたのは1冊だけだった。大晦日の朝早くに清掃センターにゴミの持ち込みに行き、施設が開くのを車の中で待っていた隙間時間に半分読み、三が日の最後の日にお風呂で残りを読んだ。そんなものである。
でもまあ、1冊読めたらそれでいいよね。そう鷹揚な気分でいられるのも、僕にとっては「年末年始」である。年明けの最初の本は、おみくじみたいなものかもしれないと、読み終わった本を手にとってふと思った。「面白かった」と素直に思えれば、その心地よい読後感が得られれば、それだけで十分に満足だ。ちなみに読んだのは島本理生の新刊「憐憫」。面白かった。今年は他人様から不憫に思われないですむようないい年にしたい。残りの四冊はまだ、正月の鏡餅のように部屋に積んである。できたら今年のうちに読もう。
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