Essay
取材と本
#64|文・藤田雅史
「取材と本」というタイトルを見ると、人は、本の原稿を書くために取材をする、そのことについて書くと思うだろう。その苦労を、面倒を、あるいは楽しさを、取材先での人との出会いを、原稿からこぼれたマル秘エピソードや裏話を。でも違う。僕は人を取材するのがあまり好きではない。
本を出すと、取材をしてもらうことがある。この夏、ふたつの媒体から取材を受けた。
取材をすることには後ろ向きなのに、取材を受けることにはけっこう前向きだ。そこに、メディアに紹介してもらうことで少しでも作品の存在を世の中の人に知ってもらいたい、それが物書きという個人事業の今後の発展につながれば、という欲はもちろんある。でもそれ以上に、取材されることがウェルカムなのは、やっぱりそれが貴重な「非日常体験」であるからだ。
有名人や芸能人や著名人でない限り、人はなかなか取材などされない。
飲食店がメディアに取り上げてもらう、ということはあるだろう。でもそれは「店」や「食べもの」の取材であって「人」の取材とはちょっと違う。あるいは何か特別なことを成し遂げた人ならば、取材をされることに慣れているということもあるかもしれないが、残念ながら僕は有名人ではないし何も成し遂げていない。「せっかくだから、取材してくれなら、ぜひ受けてみたい」そういう気持ちになるのは自然なことだ。
というわけで「取材」は毎回、ちょっとドキドキする。
まず何を着るか迷う。取材は写真がつきものだ。人は見た目で判断される。普段どんな服を着ているかは、その人をジャッジする大きな要素のうちのひとつだ。スーツじゃおかしいだろう。無難に新品の白シャツを用意して、清潔さ、実直さをアピールすべきか。その場合ジャケットは着るべきか。あるいはわざとヨレヨレのTシャツとかでナチュラリストを装うか。パンクなTシャツで弾けてみるか。いっそ、意味もなくドイツ代表セカンドユニフォームとか着てみるか。
いろいろ悩んだ結果、取材は無地の黒のTシャツで統一することに決めた。服で個性は主張しないほうが無難な気がした。こういうときは、できるだけニュートラルな雰囲気で写ったほうがいいのではないか。黒なら、白を着るより日焼けも目立たないだろう。そう思った。
当然、服の次は髪の問題がある。そして肌艶。鏡を見ると、慢性的な白目の充血が気になりはじめる。できることなら歯並びもなんとしたい。でも見た目に関してだいたいのことはもうすでに手遅れである。とまあ、とにかく取材前は気になることが多すぎて、自分の本について、作品についてなど、考えているひまがない。
取材当日、記者さんを出迎える前も忙しい。
まず事務所の整理整頓だ。散らかっているものを片づけ、掃除機をかけ、観葉植物に水をやり、ついでにルームスプレーをしゅっしゅする。お茶の用意もしておく。執筆風景を写真に撮りたい、とリクエストされることも想定して、デスクの上をきれいにしておく。トイレ掃除も忘れてはいけない。スリッパを並べ、名刺入れにちゃんと名刺が入っていることを確認する。歯みがきもしておく。でもそのうち、あんまり部屋をきれいにしておくと逆に不自然な気がしてくる。ちょっとだけ、整理整頓したものを元に戻す。うっすらBGMを流して、いやこれはちょっとやり過ぎだろう、と音を止める。
そういう、まるで付き合いはじめる前に好きな異性を部屋に招き入れるような、ドキドキの準備を経て、取材ははじまる。
「本を書く人」として取材をされることを何度か経験して、ちょっと面白いことに気づいた。対面する記者さんがいい人かそうではないかに関係なく、取材を受けながら、僕は毎回、相手の顔を見ながらつい思ってしまうのだ。「この人、僕の本、読んでくれているのかな?」「あ、この人、この本は読んでるけど、あの本は読んでないな」「すごい、この人、あの本も読んでくれたんだ」「あれ? もしかしてこの人、一冊も読んでないんじゃないの?」そういうのが、会話をしているうちにわかってくる。聞かなくても言葉の端々のニュアンスで伝わってくる。
べつに「取材するなら読んでこいや!出直してこいや!」みたいなことは思わないし、言うつもりもない。記者さん、ライターさんは忙しい。作品すべてに目を通すなど不可能だ。それを前提に話をするつもりはない。でもつい、「あ、読んでないのね」「ああ、読んでくれたんだ」そこを見定めようとしてしまう自分がいる。
と、ここまで書いて、自分が取材をすることに後ろ向きな理由がわかった。楽しい「非日常体験」を相手に提供する自信がないのだ。取材はそのためにやるわけじゃない、というのはわかっているけれど、なんだか、ちゃんと相手のことを調べて、事前知識を頭に入れて、失礼のないように、できるだけ楽しい雰囲気になるように、ドキドキを共有できるように、そんなことを考えはじめると、取材に行くことが面倒になってしまうのだ。
いちおう念のために言っておくと、これまで取材に来てくれた人は、みんないい人でした。
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BOOK INFORMATION
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