Essay
アイディアと本
#66|文・藤田雅史
「ちょっと本屋に行く」ことがよくある。しばしばある。時期によっては毎日のようにある。何をしに行くのかといえば、本を見に行くのであって、その行為自体はいつだって変わらないのだけれど、じゃあ何のために本を見るかというと、その目的はさまざまだ。
目当ての本があって行くときもあれば、ただのひまつぶしのときもある。その日の夕飯のメニューを考えるために行くときも、仕事の打ち合わせの前の時間調整に立ち寄ることもある。「そろそろ好きな作家さんの新刊が出る頃かも……」という予感がして本屋に吸い寄せられるときもある(実際、けっこうな確率で本当にあったりする)。
仕事柄、よく、アイディアを探しに本屋に行く。
このあいだ、新しい仕事のプランを立てていて、うーん、なんかちょっとなあ……と行き詰まったので、比較的大きな本屋に行った。店に入り、ただ売場をぶらぶらするだけなのだけれど、店内を歩くと、たくさんの本の表紙と言葉がいっぺんに視界を埋め尽くし、それはもう圧倒的ともいえる情報量で(色、言葉、写真、絵、人間、動物、食べ物、風景、デザイン、キャッチコピー、etc.)、いやがおうにも脳が活性化する。刺激される。
情報の「総量」でいえばインターネットに分があるけれど、あれは限られたディスプレイの面積の中に、それも平面的にあるだけで、しかも目に入る順番をかなり意図的にコントロールされているものだ。実はインターネットの世界は広いようで、狭い。
本屋は違う。自分の身体を四方から取り囲むように、立体的に、しかも客の趣味嗜好や行動パターンなど完全に無視して、カオスに近い状態で、情報が乱れ狂っている。ジェンダー論の本が目に留まったかと思えば、次の瞬間、ビキニの写真集の予約ポスターが目の前に登場したりする。アイディアを探すにはぴったりの混沌である。気になった本や雑誌があれば、もちろん足を止め、手を伸ばす。ぺらぺらめくり、棚に戻して、また別の本を手に取る。そして、あ、こういうのいいかも、とふと思いつく。
売場のいろんな棚を行き来して、しばらくそんなことを繰り返していたら、「あ、藤田さん」と声をかけられた。「あ、どうも、お久しぶりです。」以前何度か仕事をさせてもらったデザイン会社の社長さんだった。「お元気?」「はい、○○さんもお元気そうですね」なんて立ち話をはじめたら、社長さんの横に若い女性が立っていた。デザイナーさんだと紹介された。聞けば、仕事のアイディアを探しに、ふたりで本屋に来ているのだという。これから企画を練るのだという。「あ、それ、僕もです。やっぱりアイディアを探す場所といえば本屋ですよね。」
机やパソコンに向かって頭を抱えるくらいなら、とりあえず本屋に行くべし。本屋に行けば何かがある。すべては本屋からはじまる(さすがに言い過ぎか)。でも、それはものづくりを仕事にしてからこれまでの、ずっと変わらない、僕の中のちょっとした真理だ。そして実際そうやってたくさんのアイディアを(どうにかこうにか)ひねり出してきた。
たくさんの情報に囲まれることが大事なら、図書館でもいいじゃないかと思われるかもしれないけれど、図書館よりも確実に本屋のほうがいい。本屋には、いつもトレンドがある。今、いちばんホットなアウトプットがこちらを向いて、アイディアに悩む僕を両手を広げるようにして迎えてくれる。
これまで、「アイディア出し」のためにどれだけ本屋さんのお世話になっただろう。本屋さんに行ったらできるだけケチらずに本を買って帰りたいと思うのは、僕にとって、それが感謝を示せる唯一の行為だからだ。
最後に宣伝。『ちょっと本屋に行ってくる。NEW EDITION』11月25日(土)発売です。全国の本屋さんで入手可能だそうです。読んでもアイディアは出ませんが、そういう本ではないのであしからず。
■
BOOK INFORMATION
「本とともにある、なにげない日常」を、ちょっとしたユーモアで切り取る、本にまつわる脱力エッセイ『ちょっと本屋に行ってくる。NEW EDITION』11月25日発売。>>詳しくはこちら
藤田雅史『ちょっと本屋に行ってくる。NEW EDITION』
issuance刊/定価1,760円(税込)