Essay
地震と本
#69|文・藤田雅史
本が好きな人の家には、本棚があることが多い。
人によって、居住環境によって、そのサイズ感はまちまちだろうけれど、本が増えれば本をどこかに収納したいと思うのが人間で、本を収納したいと思ったら本棚を買うのもまた、人間だ。
小学五年生の息子は歴史が好きで、彼の机のまわりには歴史の本がいつのまにかかなり増えた。部屋には本棚がなく、押し入れに積み重ねる以外に収納の方法がない。「これ、本棚必要だね」「そのうち買ってあげるよ」「今度買おうね」と一年以上前からずっと言い続けて、ようやく、年末の大掃除のタイミングに合わせてネット通販で買った。
本棚で大事なのはとにかく収納力である。設置できる壁面の幅と奥行きが限られているので、なるべく高さのあるものがいい。息子の手が届くかどうかなどまったくお構いなしに、僕は2メートル近い本棚を選んだ。
届いたパーツを息子と一緒に組み立てて、本棚が完成した。息子がいきなり分厚くて巨大な郷土史資料を手に取ったので、「重い本はできるだけ下に、小さいサイズの軽い本をできるだけ上の方に」と指示をした。「マンガとかは上でいいけど、百科事典みたいなのはできるだけ下の方が安定するよ。あとよく読む本は取りやすい高さに置いておきな。可動棚を動かすときは、本を取るときに指を差し込む隙間も考えないとストレスたまるよ」本棚の先輩としていろいろアドバイスをしてから息子の部屋を出て、いやでも、これ、やっぱしっかり固定しなくちゃダメだよな、と思い直した。本棚のそばにはベッドがある。万が一、本棚が倒れた場合、本当に万が一の危険がある。
付属品として入っていた取付金具だけでは心許なかったので、ホームセンターで大掃除の買い物をしたついでに、いくつか金具とネジを買い、インパクトドライバーで固定した。完成したばかりの本棚に穴を開けるのは少し悔しかったけれど、まあ安全第一、と思ってネジを思いきりねじこんだ。去年の暮れ、12月29日とか30日とか、そのへんの話である。
で、年が明けて元日、大きな地震があった。
僕の住んでいる地域でも震度5強。だいぶ揺れた。恐怖を感じる揺れだった。その日、家族は全員親戚の家に集まっていて、家には誰もいなかった。液状化現象で道路状況が悪いという情報もあったので、早く帰って家の中の被害の状態を確かめたかったけれど、安全を優先して家には帰らなかった。
はたして家がどんな状態だろうという不安の中で、いちばん気になっていたのは息子の部屋の本棚だった。倒れて、ぶっ壊れてしまっていても仕方がない。家族が無事だっただけよしとしよう。翌朝、帰りの車を運転しながら、そう思った。
結論からいうと、本棚は無事だった。無事どころか、一冊の本も落ちていなかった。何事もなかったかのように静かにそこに屹立していた。ちゃんと金具で固定しておいたのがよかったのかもしれないし、あるいは我が家の地域は揺れがそれほどでもなかったのかもしれない。
でも、本棚を見上げて思った。地震はいつ来るかわからない。そして本当に、来るのだ。大きい地震が来たら、生活というのは変わるのだ。備えることでしか、その憂いからは解放されない。息子の部屋の本棚はきっと、本を収納するという本来の目的だけではなく、我が家の防災の象徴として、これから存在し続けるだろう。
余談だけれど、その日、家から車で5分ほどのところにある事務所の状態も確かめに行った。古い建物の3階である。壁は3面が本棚である。4分の1くらいの本が棚板ごと床に落ちて、散らばっていた。山田詠美の「アニマル・ロジック」と「学問」が、こぼれたルームフレグランスでぐっしょり濡れていた。
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BOOK INFORMATION
「本とともにある、なにげない日常」を、ちょっとしたユーモアで切り取る、本にまつわる脱力エッセイ『ちょっと本屋に行ってくる。NEW EDITION』11月25日発売。>>詳しくはこちら
藤田雅史『ちょっと本屋に行ってくる。NEW EDITION』
issuance刊/定価1,760円(税込)