Essay
順番と本
#70|文・藤田雅史
先日、地元の新聞社から依頼された原稿を納品した。「食について」がテーマで、連載10本ごとに執筆者を交代して続く朝刊紙面の名物コーナーである。
とても丁寧なメールで発注をいただいたので、光栄なことでもあり、喜んで引き受けることにした。1本あたりの分量が原稿用紙1枚分程度、というのも気楽な感じがした。
でも、返事をしてから少し困った。テーマは「食」だ。僕は食通でなければ料理好きというわけでもない。いちおう家で週4日、夕飯づくりを担当しているとはいえ、自慢の料理などひとつもなく、人に振る舞うレベルじゃない。評判のお店に詳しいわけでもなく(そもそもあまり外食しない)、人に語りたい蘊蓄もない(むしろ無知を自覚している方だ)。「食についてか……、うーん、何か書くことあるかな……」うっかり何かを書いて恥をかくだけではないか、そんな気もしてきた。
ただそうはいっても、人生40年以上、これまで毎日必ず何かを口に入れて生きてきたわけで、いざネタ出しをしようとMacbookに向かってみると、あれもこれも、いやあっちもこっちも、書きたいことがどんどん出てきて、10本どころか30本分以上のアイディアがメモアプリに並んだ。本をテーマにしたこの連載が70回続くのと、感覚的には同じだった(いやむしろ本よりも食の方がぽんぽん浮かんでくる 笑)。
とりあえず書きやすそうなものを選んで10本にしぼり、原稿にして担当者さんに送った。大きな直しはなく、新聞表記や字数の変更といった細かな修正のやりとりを経て無事に校了した。そして最後にこれである。担当者さんから質問が来た。
「掲載順はどうしましょうか?」
順番を考えるのが好きだ。本を並べる順番、プロ野球チームオーダー、車を運転するときの道順、好きなアーティストのプレイリスト、理想のライブのセットリスト、寿司屋で食べるネタの順番、とにかく順番を考えるのは楽しい。思えば短篇集をつくるとき、いちばんワクワクする作業は、作品順を考えるときだったりする。
「やっぱり最初は、いちばん自分らしいもので、かつ誰からも共感してもらえそうなところから入ろう」「2本目は1本目とガラッと変わった内容で印象を変えよう、バリエーションを見せよう」「真ん中あたりにいちばん胸があったまりそうなハートウォーミング系を持ってきて」「リズムが停滞しそうなところで、笑える自虐ネタを」「地元ネタはできるだけタイムリーになりそうなタイミングで」「ラストは人生の儚さを感じさせるようなやつで締めよう」
感覚的には、旅行の行程を考えるのに近い。そして気づく。順番を考えることは、すなわち「構成」をすることなのだ。何かしらの「もの」を並べることで時間を作ること、それをより心地よく、納得いくものにすること、できる限り正しく伝わるように並び替えること。やっていることは、文章を書くことも、出来上がった作品を並べることも、結局は同じなのだ。ひとつの文も、ひとつの段落も、ひとつのシーンも、ひとつの章も、ひとつの作品も、ひとつのシリーズも、仕組みはみんな同じなのである。なるほど、こういうことが好きだから、今、自分はこういう仕事をしているんだな、と妙に腑に落ちた。
「これは最終回でいかがでしょうか?」
担当者さんからのメールで、そう持ちかけられた原稿は、僕も同じように「最後はこれにしよう」と思っていたものだった。こういうとき、担当者さんとの気持ちのシンクロが起こると、あ、なんかいい仕事させてもらえたな、と嬉しくなる。
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BOOK INFORMATION
「本とともにある、なにげない日常」を、ちょっとしたユーモアで切り取る、本にまつわる脱力エッセイ『ちょっと本屋に行ってくる。NEW EDITION』11月25日発売。>>詳しくはこちら
藤田雅史『ちょっと本屋に行ってくる。NEW EDITION』
issuance刊/定価1,760円(税込)