Essay
ファッションと本
#73|文・藤田雅史
ちょっとさびしい話、というか、うーん、そうか……という話。
先日、いつものように本屋に行った。町の中では売場面積が大きいほうで、駐車場も広く、気に入って長いこと利用しているお店だ。ここ数年は駐車場サービスの利用条件が変わって使いづらくなったり、店内の改装でちょっと品揃えが悪くなったりして足が遠のいていたのだけれど、以前はかなり頻繁に、三日に一回くらいは通い詰めていた。今回は、その本屋に隣接するカフェを仕事の用事で利用することがあって、せっかく来たのだからとついでに立ち寄った。
店内をぶらぶら歩き、新刊を見て、文庫を見て、いくつか興味のあるコーナーを巡ったものの、残念ながらこれといって欲しい本は見当たらなかった。(まあそういう日もあるさ、最後に雑誌でもチラッと見てから帰るか)そう思って、店を出る前に雑誌コーナーをぐるぐる歩いた。スポーツ、ホビー、音楽ときて、(そろそろ半袖の季節。もしかしたら『GO OUT』とかでTシャツの特集でもしてるかな)なんて、最後にファッション誌を立ち読みしようと「男性ファッション」の表示がある棚に向かった。
そこはいつもと変わらない、なんの変哲もない、普通の雑誌棚である。どこの本屋でも目にする男性ファッション誌の表紙がずらっと並んでいて、平台には定番の売れ筋男性情報誌やカルチャー誌、つまり『POPEYE』とか『BRUTUS』とか『Pen』とかが平積みになっている。『GO OUT』の最新号ももちろんあるし、『MEN’S NON-NO』『MEN’S CLUB』『men's FUDGE』、とにかく見慣れたロゴが並んでいた。
何も驚くことはなかった。でも僕は棚に近づこうとして、足を止め、愕然とした。そこには僕の他に立ち読みをしているお客さんが四人いた。四人とも男性だった。その四人が四人とも、揃いも揃って、みんな白髪まじりだった。
オシャレの白髪、わざと白く染めた白髪、の類いではない。加齢による自然現象としての白髪だ。年齢もあきらかに、四人が四人とも50代以上っぽかった。そのうちひとりはすでに定年退職している雰囲気で、その白髪さえ頭頂部からぼんやり消え失せかけていた。
えっ。一瞬、思考が停止した。べつに、中高年の男性がファッション誌を読むことを悪く言いたいわけではない。愕然としたのは、「ファッション誌というのは若い子が読むものだ」という自分の勝手な思いこみに気づいたからである。その先入観というか固定観念が、自分の中でまったくアップデートされていなかったのだ。少なからずショックを受けた。
かつて、男性ファッション誌の棚の前にはいつも若い男が立っているのが自然な光景だった。カジュアル系もモード系もストリート系もハイブランド系も、やけに尖った雑誌もちょっとダサい雑誌も、おしなべて、若い、つまり10代後半〜20代半ばくらいの男、もしくは誤解を怖れずもっと正確に言うならば、「今っぽいオシャレな自分になることで女の子にモテたい男の子」が読むものだった。「モテたいのならこれを読まなきゃいけない」という、ちょっとした脅しのような、パワーと威圧感のある存在でもあった。立ち読みするのは必然的に、制服を着た高校生や二十歳前後の大学生、専門学生、フリーターが中心、というイメージだった(彼らはお金がないから立ち読みで済ませられるものは、極力立ち読みで済ます)。
「イケおじ」的な言葉が流行りだしたのは、いつ頃だっただろう。『LEON』『OCEANS』『Safari』、そういった30歳以上の男を対象にした新しい雑誌が出てきて、(へー、こういうのもありだよね。でも自分はまだその年齢じゃないな)なんて思っていたのはいつ頃だっただろう。たぶん……00年代?え、ってことはもう20年くらい前? 当時まだ20代で「若かった」僕は、それから20年経って、立派におっさん化している。つまるところ、白髪まじりの男性ファッション誌棚の前で愕然としている僕自身もまた、その白髪まじりの景色の一部におそらく同化しているのだ(白髪はまだほんのちょっとだけど)。その棚の光景は、あ、今、おっさんがひとり増えた、という状態なのだ。
若い子がいない。そう思って急にさびしくなってしまったのは、雑誌が好きだからである。今の若い男の子は「男性ファッション雑誌」を立ち読みしないのだろうか。トレンドも流行りのカッコいいものもみんなファッション誌にあると信じこんでいるのは、今や「おっさん」だけなのだろうか。考えてみれば、情報の伝達のはやさ、ビジュアルの訴求、トレンド感、雑多性、雑食性といった、雑誌の持つ「雑誌らしさ」の要素は、そのまま、SNSのタイムラインの特徴にかなり似ている。そしてタイムラインの場合は、勝手に、より自分好みに情報をまとめ提示してくれる。うーん、雑誌、好きなのに。雑誌、なくならないでほしいな。でも雑誌が好き、と言っている自分もまた、正直なところ、今は雑誌をめくる時間よりスマホをスクロールする時間のほうが圧倒的に長い。
たまたま、平日の日中だったから、本屋で自由に立ち読みできるのは中高年だけだった、と思いたい。若い子、みんな学校行ってるし。うん、きっとそう。きっとそう。きっと。きっとね。
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BOOK INFORMATION
「本とともにある、なにげない日常」を、ちょっとしたユーモアで切り取る、本にまつわる脱力エッセイ『ちょっと本屋に行ってくる。NEW EDITION』11月25日発売。>>詳しくはこちら
藤田雅史『ちょっと本屋に行ってくる。NEW EDITION』
issuance刊/定価1,760円(税込)