Essay
売り場と本
#88|文・藤田雅史
自分の書いた本が発売されると、それが本屋の売り場に本当に並べられているのか、気になってしまう。
あ、ある。あるある。よかった。それを確かめたくて、本屋に足を運ぶ。他の本を買う目的で訪れた本屋や、出先で時間をつぶすためにふと立ち寄った本屋でも、売り場を歩きながら、つい、こっそり探してしまう。(別にこっそりする必要などないのだけれど、店に入るやいなや自著に一直線、みたいなのはさすがに自意識が強烈過ぎて人間として恥ずかしいので、こっそり、が基本だ。)
とりあえず本があると安心して、ないとちょっとがっかりする。平積みにされていると、なんていい本屋さんだ、とそのお店に対する愛が胸の奥底から湧き上がる。聞くところによると、新刊『ちょっと本屋に行ってくる。2』は、国内だけでなく、台湾にまで置いてくれているお店があるらしい。まさか海を渡っているとは思わなかった。嬉しい。多謝! 台湾、行きたくなってきた。
自分の本と本屋さんの売り場、という話で思い出すのは、4年前、地元のサッカークラブのサポーターをテーマにした短編小説が出版されたときだ。そのときは駅に隣接する、地域でいちばんの品揃えの大型書店に、こっそり足を運んだ。
発売日だった。当然、店内のどこかにあるはずである。ところが、歩けど歩けど、見つからない。文芸の棚もスポーツの棚も郷土の棚も、ありそうなところはすべて探した。でも見当たらない。おかしい。いちおう、新刊の棚も見た。ない。もしかして、取り扱ってくれなかったのだろうか。新刊案内は届いているはずなのに。「こんなもの売るまでもない」と判断されたのだろうか。がっかりした。店内を歩きながら、どんどんネガティブ思考に陥っていく。ああ、こんなことなら来るんじゃなかった。もういやだ、何もかもいやだ、家に帰ってハーゲンダッツ食べて頭から布団をかぶって寝よう。
思い詰め、重い足取りで店を出ようとしたときだった。出入口の近く、レジのすぐそば、いちばん目立つ平台の前で、思わず立ち止まり二度見をした。いや三度見だったかもしれない。度肝を抜かれた。自分の本が、そこにものすごい冊数、どさっと積み上げられていたのだ。なんと横に5列、それがひな壇も含めて3段。そのうち2段は表紙が全部こちらを向いている。なんじゃこりゃ! ちょっと待って、私は村上春樹ですか? 東野圭吾ですか? これは00年代の宇多田ヒカルのニューアルバム発売時の光景ですか? というレベルのフィーチャーっぷりだった。POPも掲示してくれて、そのPOPの上にはさらに、店員さん独自の手書きのPOPまで重ねて貼られていて、そこには「必読!」の文字が踊っていた。え、必読⁉ この本、必読なの⁉ それは衝撃だった。
その書店は、スタジアム行きのシャトルバスの乗り場が目と鼻の先ということもあり、クラブのサポーターが立ち寄りやすい立地で、そのお客さんを見込んで展開してくれたのだと思うのだけれど、それにしても、え、こんな待遇、まじでいいんですか、いや、ちょっと、やり過ぎじゃないですか、と、僕はその売り場の前で恐縮しきりだった。嬉しい、という気持ちよりも先に、「これでまったく売れなかったらどうしよう……」と逆に心配になり変な汗が出てきた。
そして、思った。……写真、撮りたい。
こんなに自分の本が本屋さんの売り場でフィーチャーされることなんて、もう一生ないかもしれない。目の前の光景を人に話しても、誰も信じてくれないかもしれない。実は夢オチということもあり得る。現実だとしても、「並べてみたけど思ったより売れないなあ」なんつって、明日にはまったく別の場所、店の奥の奥に追いやられているかもしれない。こんなの今しかない。これは記念に残したい。残さねばならない。そう思うのは当然だろう。人間だもの。でも本屋さんの売り場って、勝手に写真撮っていいものだろうか。そこで逡巡がはじまった。
(勝手に撮ったらまずいかな)
(その上、あとで身バレしたら激烈に恥ずかしいよな)
(何食わぬ顔でさっと撮って、さっと消えよう)
(なのになんでレジにお客さんいないんだ。店員さんに丸見えじゃないか)
(「あのー、僕、著者なんですけど、写真撮っていいですか?」 とでも言えばいいのか)
(いやいや、「著者です」とか、どんな顔で言えばいいんだ。何様のつもりだ。「あ、はあ……」「いや、撮影はちょっと……」とか返されたらきつい)
(やっぱ、さっと撮ってさっと消えよう)
(でも勝手に撮って、あとで「この本の作者っぽい人が、コソコソ売場の撮影していきましたよ」「え、きもっ」とか言われたらもっときつい。「もう取り扱いやめよっか」「そっすねー」「返本返本」なんてことになったら大変だ)
(てか店員さん気づかないよね)
(いやでもほら、カバーに自分の顔写真ついてるし、いちおうほら、ご挨拶、必要なんじゃないの?)
(いや、逆にそれ、迷惑では?)
(菓子折りとか、いる?)
(いらないでしょ)
(どうしたらいいんだっ!)
そんな感じで煩悶しながら店内一周。
結局、とりあえず店員さんに許可はもらおう、と決めた。でも手ぶらでレジに行くのもなんですし、ということで浅田次郎の新刊を一冊購入し、おつりをもらうタイミングで、「すいません、あそこの売場、ちょっと写真撮ってもいいですか?」と恐る恐る訊ねた。で、「あ、はい、どうぞ」と気軽な感じで言ってもらって、スマホのカメラでパシャリ。そのとき運よく、ちょうど出版社の担当者さんが来ていて、「あ、藤田さーん」と声をかけてもらって、あんまり恥ずかしくない後味でお店を出ることができました。
ほっ。
さて、これから先、自分の本があんなにフィーチャーされることはあるのか、ないのか。それにしても、店員さんが独自で作ってくれるPOPって、こんなに嬉しいんだ……。本当にその喜びを感じました。本屋さんにはいつも、心の中で手を合わせています。感謝。合掌。新刊『ちょっと本屋に行ってくる。2』、よろしくお願いいたします。
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BOOK INFORMATION
「本とともにある、なにげない日常」を、ちょっとしたユーモアで切り取る、本にまつわる脱力エッセイ『ちょっと本屋に行ってくる』シリーズの最新刊!『ちょっと本屋に行ってくる。2 ブック・タワーズ・メガシティ』6月13日発売。>>詳しくはこちら
藤田雅史『ちょっと本屋に行ってくる。2 ブック・タワーズ・メガシティ』
issuance刊/定価1,870円(税込)
