Essay
ネット通販と本
#89|文・藤田雅史
しばしば、ネット通販で本を買う。ネット通販、というか、僕の場合それはほとんどAmazonで、読みたい本があるけど本屋に買いに行く時間がもったいないとき、あるいは近くの書店の在庫が不安なとき、スマホやパソコンでさっと検索してその場でポチッと買う。実に便利である。
今日買って明日届く、というスピード感には、いまだに慣れない。「無料配送」「お急ぎ」「明日」のワードをカート画面で確認しながら注文を確定する度に、なんだか申し訳ない気持ちになる。急がせて申し訳ありません、迅速な対応をさせちゃってすみません、仕事が増えて大変ですよね、ほんとごめんなさい。誰に対してかわからないけど、注文のたびに心の中で頭を下げている。
小学6年生のとき、町の本屋に自分で電話をかけ、はじめて本の注文をした。当時夢中になっていた鉄道模型のレイアウトジオラマの作り方に関する本だった。どの本屋を探しても置いていなくて、でもどうしてもその本が欲しくて、自分で電話番号を調べて注文をした。電話してから入荷まで二週間かかり、本が届きましたという店員さんからの連絡をもらって本屋に出かけ、ようやく手に入れた。二週間、というのは子どもにとっては「冬休みまるごと」に相当するかなりの長さで、その初体験を基準にすると、今のネット通販の「明日届く」は、もはやちょっとよくわからない感じすらする。
ただ、注文の時期やタイミングによっては、Amazonの在庫品であっても、今日の注文で明日届く、というわけにいかないこともある。週末を挟むときやクリスマスシーズンなど流通の繁忙期は、注文から到着まで何日かかかる。もちろん、それに文句をつけることはない。木曜日に注文して「月曜日お届け予定」であれば、月曜日を待てばいいだけの話だし、12月20日に注文して「12月26-28日お届け予定」であれば、クリスマスの夜は別の本で楽しめばいいだけだ。欲しい本が届くのをワクワクしながら数日待つ、その喜びを享受できるのも、ネット通販ならではの楽しみのひとつと考えたい。
さて、ネット通販で本を買うとき、気をつけないければいけないのは、ネットで本を注文し、届くまでのあいだに、うっかり本屋に足を運んでしまうことだ。
注文した本を本屋の売り場で見つけると、心がざわっとする。「あ、買った本。」そう思うだけで素通りすればいいのに、つい立ち止まってしまう。ちょっと待てば届くのだから、手に取る必要はない。なのにはやり、つい、手を伸ばしてしまう。買ったんだ。もう買ったんだから今ここで買う必要はない。いくら欲しい本だとしても、二冊もいらない。わかってる。わかっているのに、その本を手に取ってしまう。この心理はなんだろう。
自分でもよくわからないけれど、おそらく、「この本買ったんだよね」と確認するために手に取るのではないか。この本が月曜日に届くんだよ、と自分に言い聞かせるために。うん、そう。この本、買ったの。まだ届いてないけど、買ったの。もうすぐ読めるの。よかったね。うん、よかった。ワクワク。
そこまでにしておけ、と心の中の自分が言う。表紙を確かめて、裏表紙もちらっと確かめて、帯のコピーをちょっと読んで、それで売り場の棚に戻せばいい。なのに、うっかり表紙をめくってしまう。目次とか、前書きとか、あるいは本文のページをついパラパラとめくってしまう。そんなことしたら、今すぐ読みたくなってしまう。買って帰りたくなってしまう。わかっているのにやってしまう。人間とは、なんと複雑怪奇で繊細な神経の持ち主なのだろう。
ちょこっと立ち読みをして、「あ、この本、面白そう!期待通り!」という気持ちになれれば、でも実はまだいいのだ。「ああ、早く読みはじめたい!ネットで買わずにこの本屋で今日買うことにすればよかった!」と思えれば、それはちょっとした前戯のような効果をもたらす。それはそれでいいのだ。どうしても今日から読みはじめたければ、その場でスマホを取り出し、キャンセル可能ならネット通販の注文をキャンセルし、今ここで買って帰るという手もある。
マズいのは、ちょこっと立ち読みをしたばかりに、その本がつまらないことに気づいてしまったときである。「あれ……この本、全然面白くなさそう……いらない、よね……」そう感じて急いでスマホを開き、もう発送済みでキャンセルが効かないタイミングだった場合は最悪だ。
「つまらない本が月曜日に届く」
それをワクワクしながら待っていた自分はいったいなんなんだろう。「本が届くのを待つ喜び」は「本が届くのを待つ憂鬱」に暗転し、猛烈な虚しさと自己嫌悪が胸に去来する。一瞬、自分が何のために生きているのかわからなくなる。
本をネットで注文したら、その本を本屋で探してはいけない。なんならもう、注文した本が届くまで本屋には足を向けない方がいい。
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BOOK INFORMATION
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藤田雅史『ちょっと本屋に行ってくる。2 ブック・タワーズ・メガシティ』
issuance刊/定価1,870円(税込)
