Essay
プレゼントと本
#10|文・藤田雅史
人に何かをプレゼントするとき、本をあげるというのはひとつの手だ。
春のこの時期、書店の児童書コーナーを歩くと、「ご入園・ご入学に」みたいな桜色のPOPを見かけることがある。本をプレゼントすることの何がいいって、安いのがいい。図鑑とか辞典であっても、まあ一冊が5,000円以上ということはないだろう。『MAPS』だって3,000円程度だ。普通の絵本なら1,000円台で収まる。
子ども相手じゃなくても、本はプレゼントとしてとてもリーズナブルだと思う。文庫本なら千円札一枚でおつりがくるし、たいていの単行本は2,000円未満で買える。持ち運びも困らない。「これ、よかったら」的な感じで気軽に渡すこともできる。
でも、本をプレゼントするのは難しい。コストのハードルが低い分、それ以外のハードルが高い。まずもって、本をプレゼントして、はたして相手に喜んでもらえるか分からない。もっと言えば、読んでもらえるのか分からない。
自分がプレゼントされる側だったら。いきなり本をプレゼントされても正直、少し困る。すごーく好きな女の子がくれるとか、元々欲しかった本をもらうのなら大歓迎だけれど、そうでない場合は「ありがとう、面白そうな本だね」とワクワク感を口にしつつも、心の眉間にいくらかしわが寄る。自分にとって興味のない本ならなおさらだ。例えば、誕生日に知り合いから島崎藤村『夜明け前(全四冊)』をプレゼントされたとしよう。読むか? 読まない。『破戒』なら読むか。いや、読まない。
本のプレゼントは、受け取った側にプレッシャーがかかる。それはもう自動的にかかる。「読まなくちゃいけないよな…」「感想を言わなくちゃいけないよな…」「激烈につまらなかったらどうしよう…」。軽い感じのエッセイや実用書ならまだいい。レシピ本ならページをめくって「美味しそうー」と指さすだけで済むし、写真集なら「あ、これいいね」と口にするだけで済む。でも特に小説や論説系の本は、その重圧が強大だ。軽度の活字中毒なので、いつも未読の本が枕元に積んである。それを押しのけてまで、「これ読まなきゃいけないのか…」と思ってしまうし、そう感じた時点で本をくれた相手に対して申し訳ない気持ちになる。
と、こんなことを今回書こうと思ったのは、3月がホワイトデーの季節だからだ。バレンタインはチョコをあげれば済むが、ホワイトデーは「プレゼント能力」みたいなものを試されるから困る。そしてうっかり、男が女の子に「本」をプレゼントすると、たいてい失敗する。
これはホワイトデーの話ではないけれど、恋人の誕生日に本をプレゼントしたことがあった。大学時代に付き合っていた子で、当時はサッカーの日韓W杯を翌年に控え、彼女は僕のサッカー好きによく付き合ってくれていた。テレビでサッカー関連のバラエティ特番があると、一緒に見て「ベッカムかっこいい」としょっちゅう口にしていた。当然、それは僕の趣味に付き合ってくれているだけであって、彼女はサッカーが好きでもなんでもない。にもかかわらず、僕は彼女の誕生日にプレゼントしてしまった。
デイビット・ベッカム『My World』。
喜ぶに決まっていると思った。わざわざ紀伊國屋書店本店で洋書を手に入れた。そしてラッピングして、彼女の誕生日にプレゼントした。それを受け取り、包装をといたとき、彼女の表情が一瞬引きつった。「あ、ありがとう…」語尾が震えていた。そして僕は知った。自分の愚かな思い込みを。うかつに本をプレゼントしてはいけないことを。(※ちなみに、ちゃんとアクセサリーも用意していたのでこの出来事は「シャレ」で済んだ。ベッカム・オンリーだったらどうなっていたかと思うと、寒気がする。)
本のプレゼントは、選ぶのが大変だ。確実に相手が喜んでくれると確信できる本が見つかれば話は早いが(…とはいえベッカム本の例もある)、それがわからないときはほんとに大変だ。本をプレゼントするのはやめた方がいいと思う。相手の好みの分野の本であればいいかといえば、そうでもない。「これなら読んでくれるだろう」と思っても、好みの分野は「好き」が細分化されているから、期待したほど喜ばれないことが多い。例えばクラシック音楽が好きな人にモーツァルトの本をプレゼントしたところで、喜ばれるかどうかはわからない。モーツァルトじゃないんだなー。そう思われる可能性の方がたぶん高い。プロ野球好きに、愛甲猛『球界の野良犬』をプレゼントした場合、その相手はロッテファンでなければならない。いや、ロッテファンでも喜んでくれるかどうかは微妙だ。ていうか今の若い子は知っているのか?愛甲猛を。「これ好きでしょ?」と好きでもないものを押しつけられることほど、もらう側として困ることはない。同じように、相手の仕事や趣味の分野の本を、きっとためになると思って選んだ場合も、それはたいてい「余計なお世話」にしかならない。
では本をプレゼントしないほうがいいのか。そんなことはない。プレッシャーがかからなければ、全然いいと思う。個人的には、写真集や画集はもらうと嬉しい。好きなジャンルじゃなくても、ぺらぺらっとめくるだけで楽しめるからだ。贈り物としてはベタだけれど、「詩集」も案外、いいと思う。気に入ろうが気に入るまいが、数分ページをめくればそれなりに読んだことになるし、熟読の必要もない。読み込むというよりもめくりたいときにめくればいいというライトな性質も感じがいい。
本のプレゼントで大事なのは、きっと軽さだ。いかに相手にプレッシャーをかけないか。これに尽きる。「私、これ読んですっごい泣いたの。だから絶対読んで。感想聞かせて。まじでこれ、私のこれまでの人生の中でいちばん好きな本なの。ここここ、この部分。178ページのとこ。付箋つけといたから」。こういうプレゼントは、もはやプレゼントではない。
ちなみに僕がもらっていちばん嬉しいプレゼントはこれです。図書カード。
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