Essay
はじまりと本
#13|文・藤田雅史
ずっと書くのを我慢していた。先月、うっかり書いてしまいそうになったけれど、ぐっとこらえて、筆の滑った下書きのデータをまるごと削除した。何度も言うけれど、この連載のテーマは「本」だ。「本にまつわる話題を綴ってほしい」という依頼を受けて書いている。だから、書いて悪いことはない。むしろ、書くべきだ。でもまだだ。その時期じゃない。今年に入ってから、そんなふうにずっと我慢を続けてきた。
いったい何のことか。本が出ます。それも短篇小説集が。
「作家 デビュー」でググると、作家が文学新人賞を受賞した年齢、あるいは最初の作品が出版された年齢が、わかりやすく一覧で表示されるページが出てくる。17歳、綿矢りさ、羽田圭介、みたいに。文豪と呼ばれる作家はおしなべて若い。三島、川端、芥川、太宰、谷崎、みんな20代前半だ。金原ひとみは20歳。よしもとばなな(吉本ばなな)は大学卒業してすぐの23歳。東野圭吾、宮部みゆきなどのミステリー作家は20代後半が多い。才能溢れる人はやはり若いうちからすごいんだな、と思うけれど、一方で、画面を下にスクロールしていくと30代デビューの作家もわんさかいる。40代も、50代も。
きっと、ものを書くということに「遅い」ということはない。そう信じて、これまでひっそりと書くことを続けてきた。で、38歳。ようやくはじめての本が出る。小さいときから、ずっと「本」に憧れていた。ものを書くことで生きていたいと思い続けてきた。「自分の本」を手に取ることを夢見て書くことを続けてきた。で、38歳。ようやくはじめての本が出る。あれ、リフレインしてしまった。でもまあいいや。
「本」というのはやっぱり特別だ。本を出す立場になって、より強くそう思う。今回刊行されるのは、脚本を担当しているラジオドラマのシリーズから、どうしても小説というかたちで書きたいもの、伝えたいもの、残したいもの、6篇を選んで小説として再構築して書き上げた作品集だ。既存のドラマの筋書きをなぞるだけのただのノベライズではない。どれもひとつの小説作品としてすべて作り直した。その作業は、これまで書いてきたどんな原稿とも感触が違った。慎重になった。重苦しかった。怖かった。自分の精一杯に挑戦する作業だった。「本」として原稿を完成させるってこういうことなんだなと、はじめて知った。まだ作家と名乗ることはできないけれど、作家の苦悩がほんの少しわかった気がした。印刷製本から上がってきた最初の一冊を手にしたときの気持ちは、たぶん一生忘れないと思う。
何かがはじまるのに、38歳という年齢が、早いということはないだろう。でも、多くの素晴らしい作家が、30代後半、40代になって自分の小説をはじめて本にして、その後、作品を量産していることには本当に勇気づけられる。本が売れない時代に本を出して喜んでいるなんて、滑稽に思う人もいるかもしれない。でも、やっぱり「本」は特別だ。
ちなみに作品を書くにあたっては、どれもわかりやすく、誰でも読める、誰にでも感じてもらえる、そういうことを意識した。ある層の人たちからは、低俗、安直、陳腐、と笑われるかもしれない。でも、たくさんの人に読んでほしい。届いてほしい。そのために、わかりやすいことは何よりも大事だと思った。詳しい内容をここに書くと、あまりにも宣伝っぽくなって怒られてしまうかもしれないので、興味を持ってくださる方は、ぜひAmazonのサイトで検索してください。
というわけで、最後にもう一回。
はじめての本が出ます。藤田雅史『ラストメッセージ』(BSN刊)定価1,400円+税、2019年6月15日発売。Amazonで予約受付中です。「ラストメッセージ」という、終わりっぽいタイトルだけど、僕にとっては、はじまりの本です。どうぞよろしくお願いします。
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